2019/06/13

〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力 4.マイタケ(3)

〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力 4

マイタケ(3):子実体と菌糸体

 マイタケはもっぱら天然品であり、高価なキノコであったが、1980年代初頭におがくず等の粉末培地で人工的に栽培できるようになり、普及するとともに価格破壊が起きた。人工栽培では、培地に菌糸を植え十分に成長させたのち、湿度、温度、光などの刺激を加えることで子実体形成が誘導される。シイタケ子実体から抗腫瘍剤レンチナンが生産されていたことから、マイタケ子実体の人工栽培が可能になったことによって、その道が開けてきた。一方、培地上に成長した子実体は切断して食用とするが、子実体の根元部分が残る(写真)。生産者は、経験的に根元部分を有効利用できないものか思案し、煎じて飲料としていた。ある種の薬効を期待してのことである。共同研究の過程で、この根元の部分(菌蓋:きんがい)も抗腫瘍性多糖の素材となるのではないかと考え、子実体と同様の抽出処理をし、構造と活性を比較検討することとなった。メチル化分析、コンゴーレッドとの結合性、抗腫瘍活性、NMRなどを行ったところ、菌蓋の抽出物は、構造、活性ともに子実体と良く似ていることが分かった。また、6分岐β1,3−結合を基本構造とするので、側鎖部分を過ヨウ素酸酸化、部分水解したところ、側鎖をかなり除去すると、抗腫瘍活性も著しく減弱することが分かった。これらのことから、側鎖部分も活性発現に重要であることが分かった。
(以上は、Iino et al, Chem. Pharm. Bull., 33, 4950, 1985)

 

(写真)マイタケ子実体 マークは「菌蓋」の部分

 マイタケの有効性を評価するために、菌糸体を液体培養し、活性多糖の調製を試みた。カワラタケ由来のクレスチンは、菌糸の液体培養によって得られるので、同様のことを試みた。多糖の調製は、液体培養の培養外液(LLFD)、菌糸体の熱水抽出(LMHW)、冷アルカリ抽出(LMCA)、熱アルカリ抽出(LMHA)を行い、子実体と同様に多糖画分を調製した。さらに、菌糸体の発酵能力を期待し、菌糸体をグルコースとクエン酸を含む緩衝液中で発酵させ、生産された多糖(LELFD)を得た。これらの画分について、固形がんモデルマウスで抗腫瘍活性を比較したところ、LMHWは殆ど活性を示さなかったが、LMCA, LMHA, LLFD, LELFDは強い活性を示した。タンパク質の夾雑等を勘案し、LELFDから精製多糖を調製したところ、100マイクログラムで強い活性を示す6分岐β1,3-グルカンが得られたので、これをgrifolan LEと命名した。
(以上は、Ohno et al., Chem. Pharm., Bull., 34, 1709, 1986)

 

 βグルカン研究を推進した技術の一つとして核磁気共鳴スペクトル(NMR)の著しい進歩を挙げることができる。NMRは当初は水素核を解析対象としてきたが、フーリエ変換技術ならびに超電導マグネットの登場により、炭素核も観測対象とすることが可能となってきた。炭素13の自然存在比は極めて低いので、積算が可能になったことで観測が可能となってきた。また、自然存在比が低いことから、隣接する核との共鳴は起きず、シャープな1本のシングルとして認められることから、水素核のチャートと比較し、圧倒的に単純化されていた。多糖の場合、結合様式が一定のヘキソースポリマー(例えば、カードラン)では6本のシグナルが出るのみである。結合に関わる炭素は低磁場シフトすることが経験的に知られており、未知の多糖であっても比較的容易に構造の推定が可能である。1980年代になると、solid state cross polarization / magic angle spinning (CP/MAS) 固体高分解能NMRも汎用されるようになった。多糖は溶液内では常に分子運動しているが、溶媒のない状態では、二面体角(dihedral angle)が固定され、高次構造に依存した面間のねじれ角(torsion angle)が生じる。β1,3-グルカンの場合、三重ラセン構造をとることが知れられているが、ラセン構造の違いはねじれ角の違いを生じるので、ケミカルシフトに差がでる。マイタケ精製βグルカンを用いて、CP/MAS NMRを比較検討したところ、発酵で得られたLELFDと8M urea処理等を行い精製し乾燥したgrifolanでは3位の炭素シグナルに著しい差が生じることが明らかとなった(図)。これらのことから、β1,3-グルカンは複数の高次構造を有することが強く示唆された。従来、β1,3-グルカンの抗腫瘍活性には、三重ラセン構造が重要であるとされてきたが、CP/MAS NMRの結果は、構造活性相関について、興味を広げることとなった。
(以上は、Ohno et al., Chem. Pharm. Bull., 34, 2555, 1986)

 

図:マイタケ精製βグルカンの固体高分解能NMR

‘g: 8M 尿素処理(一重ラセン体)
‘h: 未処理(三重ラセン体)

                                                            β‐グルカン協議会会長
                                                            東京薬科大学 薬学部教授
                                                            大野 尚仁

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