2021/05/24

〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力 7.Trained immunity (TIM)とCovid-19

〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力7

Trained immunity (TIM)とCovid-19

 免疫系は様々な分子、細胞、組織から構成され、多様な機能を発揮している。さらに、免疫系は生体恒常性維持機構の一つとして、神経系、内分泌系と協調的に働いている。さらには、ヒトの消化管、粘膜、皮膚には常在微生物叢が構築されており、それらとの間でも相互作用している。免疫系の概略を表1,表2、表3に示した。

(表1)

(表2)

(表3)

 このように免疫機能は高度に制御されており、その全貌が解明されるに至っていない。常に新たな仕組みが見出され、免疫理論は進化している。

 21世紀初頭に体系化された自然免疫系は、免疫記憶できないと考えられてきた。免疫系の細胞は概ねリンパ系とミエロイド系(食細胞系)に大別される。リンパ系の細胞であるT細胞やB細胞は、骨髄で誕生してから分化成熟する過程で、免疫グロブリン遺伝子ならびにT細胞受容体のV領域遺伝子に特異的に再編が起き、さらに宿主に対して有害・無用な細胞を排除するレパートリーの選択が行われ、成熟したクローンの集団となって機能する。免疫記憶は一次応答したクローン選択的に二次応答が速やかに起きる機構として考えられてきた。ミエロイド系細胞は、V領域遺伝子を持たないので、そのような変化とは無縁であった。ミエロイド系細胞は自然免疫研究の中心を担う細胞群であり、V領域による免疫記憶機構との接点は見出されないので、自然免疫系は免疫記憶できないと考えられてきた。

 しかし、近年になり、病原体による再感染に対してミエロイド系細胞による自然免疫記憶(innate immune memory/trained immunity)の存在を示す実験データが蓄積されてきた。初期の研究は、細菌内毒素LPSや結核ワクチンBCGを中心に行われており、いずれの機構においても、病原体関連分子パターン(Pathogen associated molecular patterns: PAMPS)ならびに自然免疫受容体(Pattern recognition receptor)が関与している。この自然免疫記憶は、クロマチンの再配置を伴うヒストン修飾を中心として、DNAメチル化やmiRNAの改変およびlncRNA発現の関与によって形成されるものであり、獲得免疫記憶で用いられているV領域遺伝子のスプライシングによる非可逆的な変異や組み換えとは異なる機構である。このような仕組みは、DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化であって、エピジェネティックな変化(epigenetic regulation)と呼ばれる。Mitroulisらは、βグルカンでも類似した反応が起きることを報告している。

 まさに現在、世界中でCOVID-19感染症で多くの方々が亡くなられており、予防、検査、治療、など、様々な観点からウイルス感染症に対する免疫応答が着目されている。自然免疫記憶を利用することで、潜在的なウイルス感染免疫能を高めることができれば、COVID-19感染症の予防や治療にも貢献できるのではないか、とのことで多数の論文や総説のなかで、Trained immunityが期待されている。βグルカンへの期待を述べている報告も多い。

 しかし、論文や総説の記述が参考になるかどうかは、慎重に検討する必要がある。例えば、Mitroulisはβグルカンとして、βグルカンペプチド(BGP)、“β-glucan peptide from Trametes versicolor (Invivogen)” を用いている。商品説明には、BGPは抽出物であり、” a beta 1-4 main chain and beta 1-3 side chain,with beta 1-6 side chains covalently linked to a polypeptide portion rich in aspartic,glutamic and other amino acids” と記載されている。Trametes versicolorのsynonymはクレスチンの産生菌であるカワラタケCoriolus versicolorであり、同一菌種である。クレスチンは液体培養された菌糸体を熱水抽出して得られた褐色粉末であり、多糖部分の構造は、主にβ1-4結合し、β1-3、ならびにβ1-6結合を有することを、1976年に平瀬らが報告している。商品説明によればBGPは褐色粉末であり、クレスチンと類似の構造を有する多糖画分の可能性がある。また、論文では1mgをC57BL/6マウスに腹腔内投与しており、どちらかというと感染免疫応答のモデルである。腹腔内投与では、Dectin-1刺激に基づく自然免疫系の活性化に加え、補体系の活性化、凝固系の活性化などが起きる。さらに、主成分以外の成分も様々な生物活性を示すことから、食物の経口摂取とは異なる初期応答が惹起される。βグルカンの構造と活性の関連性は極めて多様であることは良く知られており、一種類の評価系では結論を導くことは難しい。

 Trained immunityが食品由来のβグルカンによって惹起されるか、感染症の予防と治療に貢献できるか、基礎的臨床的研究が蓄積されることを期待したい。 

 

参考文献

・Kopf M, Nielsen PJ. Training myeloid precursors with fungi, bacteria and chips. Nat Immunol. 2018, 19(4):320-322. doi: 10.1038/s41590-018-0073-7. PMID: 29563630.

・Mitroulis, I., et al., Modulation of myelopoiesis progenitors is an integral component of trained immunity. Cell  2018, 172: 147–161.e12.

・Ikewaki N, et al., β-glucans: wide-spectrum immune-balancing food-supplement-based enteric (β-WIFE) vaccine adjuvant approach to COVID-19. Hum Vaccin Immunother. 2021:1-6. doi: 10.1080/21645515.2021.1880210. PMID: 33651967; PMCID: PMC7938654.

・Ikewaki N, et. al., Biological response modifier glucan through balancing of blood glucose may have a prophylactic potential in COVID-19 patients. J Diabetes Metab Disord. 2020:19(2):1-4. doi: 10.1007/s40200-020-00664-4. PMID: 33102263; PMCID: PMC7575334.

・Geller A, Yan J. Could the Induction of Trained Immunity by β-Glucan Serve as a Defense Against COVID-19? Front Immunol. 2020;11:1782. doi: 10.3389/fimmu.2020.01782. PMID: 32760409; PMCID: PMC7372085.

・Rao KS, et. al., Role of Immune Dysregulation in Increased Mortality Among a Specific Subset of COVID-19 Patients and Immune-Enhancement Strategies for Combatting Through Nutritional Supplements. Front Immunol. 2020;11:1548. doi: 10.3389/fimmu.2020.01548. PMID: 32733487; PMCID: PMC7363949.

・平瀬 進ら, 担子菌カワラタケの抗腫瘍性多糖の化学構造に関する研究(第2報)分画多糖のβ-D-グルカン部分の構造 薬学雑誌、1976 年 96 巻 4 号 p. 419-424.

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